ある酒場から・1

3/12
前へ
/1769ページ
次へ
 元々腕利きの狩人であったデルーガという男は、西方の小さな田舎町に居を構え、付近の森に時々出現する魔獣を主な獲物として暮らしていた。小型の、猪によく似た魔獣であったが、並の人間の武器では歯が立たず家畜や畑を荒らされた住民たちは困り果てていた。それを見かねたデルーガは、生来の魔法能力を修練により鉄の刃を生み出す技に変え、その刃によって件の魔獣討伐に成功した。魔獣としては小物であっても退治の成功報酬は破格であった。それからデルーガはすっかり他の獲物を狩るのをやめ、魔獣ばかりを求めるようになる。  彼の心を満たす魔獣の出現は稀であった。しかし獣は出る。魔獣被害はおさまったが、獣害は増えたし、肉も革も不足する。はじめは魔獣討伐を賛美しデルーガに感謝していた住民たちから、"退屈で実入りも少ない獣狩り"を要求されるようになり、その頃まったく増長していたデルーガは憤った。「魔獣の一匹二匹で得意になっちゃって」ある時、そんなことを女が呟いた。その辺りでは評判の美人であったが、気が強くわがままな女であった。不意に、デルーガはこの女の冷え切った蔑みの目を自分のものにしたくなった。その欲望のままに女を斬った。魔獣を討った魔法である。女は恐怖の顔で死んだ。それがデルーガの心をとらえた。  それからデルーガは、より背徳的で、より緊張感を伴う刺激を求めて、町の女を襲うようになった。決まって美人であった。ある時などは妊婦を殺害し、その腹を切り裂き、赤ん坊を取り出して切り刻むほどの悪行をやってのけた。騒ぎに気付いた家の者も、駆け付けた役人も、すべて自慢の刃で喉や腹を切り裂いて逃亡し、そうして、その首に高額の賞金がかけられたという。 「奴は、魔獣の邪気に当てられ、正気を失い、そしてあの事件は起きたのだ…」     
/1769ページ

最初のコメントを投稿しよう!

198人が本棚に入れています
本棚に追加