ある酒場から・1

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口髭の旅人は、人々を脅かすように語った。己を誇示するための物語は、凶悪犯の罪業を強調することで更なる成功を呼ぶと信じたのであろう、過剰に芝居がかっていた。己の下手な芝居に陶酔した様子の口髭の旅人は、賞金首デルーガに憐憫の情を抱いているかの表情を見せた。あの男も元は善良な男であったのだと。しかし魔獣のためにああなってしまったのだと。自分は哀れにも狂ってしまった男に引導を渡してやるために彼を捕らえたのだと。そう、それは正義の行いであり、断じて賞金目当ての私欲のための行動ではない、自分は清廉潔白の勇士なのだと。   客の中には、口髭の旅人の話に聞き入る者もないではなかった。"切り裂き"デルーガの名を出したのは確かに効果があったのだ。こうして話を聞いてみれば、使い込まれた腰の拳銃も、汚れたマントも、穴のあいたテンガロンハットも、節くれだった手指も、強者の装備品に見えてくる。実際、そういう男だと見えたから、口髭の旅人の勝利に幾らか賭けた人間があった。  それほど熱心に話を聞いてはいなかったが、なるほど、こんな奴に負けるだろうか、という疑問を抱いた客もある。  彼らの視線は、自然ゲームの勝者たる者に集まった。その機を、口髭は逃さない。旅の垢にまみれた汚い指が、今はその垢もまるで勲章のように誇らしげに、相手を指さした。 「この男は!卑怯にも、魔法を使ったのに相違ない!」 あまりに唐突で、あからさまに眉をしかめた者もいたが、無論旅人の目には入らなかった。ゲームは、純粋に銃の腕を競うためのものであり、酒の強さを試すためのものであり、男の度胸を誇るためのものである。このゲームで魔法を使うのは違反行為であり、恥ずべき卑怯者の行為だと、旅人は責めた。     
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