ある酒場から・1

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 "卑怯なる"勝者は、旅人の話にも同調する声にもこたえず、ぼんやりしている。口髭の自慢話は聞き流して放置していたのだが、さすがに煩わしく思ったらしい。カウンターに座ったまま、目線だけを上げて相手を見つめた。その瞳は緑がかったヘーゼル色で、驚く程に澄んでいる。まるで少年のそれだった。  瞳だけではない。このヘーゼル・グリーンの目の持ち主は、カウンターに座っていてもそれとわかる小柄な体躯といい、その体に似合いの顔つきといい、口髭の旅人に比べてあまりに華奢であった。金褐色の髪はゆるやかな癖があり、いたずらっぽい雰囲気を作り上げている。カウンターに置かれた山高帽も、腰のリボルバーも、本当に彼の持ち物なのか疑わしい程であった。それでも手指の骨ばった感じは、男らしいとは言えないまでも大人のそれであり、年頃はせいぜいが20代前半であろう。なるほど、外見だけ見比べれば、この青年が勝つとは万に一つも思えない。  だから、旅人は勝負を持ち掛けた。店内を見回して、場所に似合わぬ青二才が座っているのを発見し、からかってやろうと思ったのである。ついでに淋しい懐をあっためてやろうと卑小な頭で考えた。案の定、多くの観客が旅人の価値に高額を賭けた。これでは賭けが成立しないのではないかとニンマリするほどであったのだ。  ところが、万に一つも勝てる見込みがないような青年の方に金を賭けた者も多数いた。     
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