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しかし、己が怯えている、それを易々と受け入れられる程、旅人の度量は大きくはなかった。心の動揺を相手に、いや、己自身にすら悟らせまいと必死に威張っているつもりだが、ヘーゼル・グリーンの瞳はまったく無感動に口髭を見上げてくる。
旅人には無感動で無機質に見えるヘーゼル・グリーンの瞳の奥で、青年は呆れかえっていた。まったく、この不釣り合いのプライドだけで居丈高に人生を過ごしてきたのだろう中年男が、旅塵に汚れ切った顔に恥辱と怒りと恐怖を塗り足して、己の敗北を受け入れられずに喚き散らしているのは醜いことこの上がなかった。
これ以上、耳障りな侮辱を投げられるのも業腹である。青年は冷たく相手を見上げていた視線をカウンターの上に戻すと、緩慢な動作で立ち上がった。山高帽に手を伸ばし、髪を撫でつけながら丁寧にかぶると、奇妙なほど似合った。背が伸びるわけはない。しかし、明らかに勝者の空気を纏った青年に、一部の女からそっとため息が漏れた。再び向けられたヘーゼル・グリーンの瞳の、今度は強気な眼光に、つい、口髭の旅人は身構えた。
「まだ、何か?」
その声は、やはり少年のような掠れたアルトであった。一切の気負いのない気軽な調子だが、余裕と自信に満ちていた。相手がホルスターに収めた銃に手をかけているのを見ないふりで、青年は薄く笑っている。
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