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思わず声を上げ、ハヤトを見たサクヤは驚愕した。
そこには、眉間に皺を寄せ、口唇を噛みしめ苦渋に顔を歪めたハヤトの姿があった。
幼い頃からハヤトは表情を表に出す方ではなかった。
眉目秀麗、頭もきれる、村の女たちからも黄色い声がたえないほどだったが、自分の感情を表現する能力だけはかなり低かった。
幼馴染のサクヤには何となくハヤトの思っている事やしてほしい事がわかったが、大人になるにつれハヤトの表情の乏しさはますます酷くなるばかりだった。
なので、初めて苦悶の表情を浮かべるハヤトを見てサクヤは声も出ないほど驚いたのだ。
「……サクヤ……行くな」
ハヤトが懇願するように呟いた。
サクヤの心臓が再びバクバクと鳴り出した。
掴まれた手首の痛さも忘れてしまうほどだ。
「……べ……別に行きたくて行くわけじゃない……」
自分がハヤトにそんな表情をさせているのかと思うといたたまれなくなり思わず顔を逸らしてしまった。
「…そうだな……悪い」
謝るくせに、掴んだ手は離してはくれない。
気紛れな春風が、二人の間を吹き抜けた。
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