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一
耳をつまむ。髪にねじ込んで、ピンで留める。季節外れの長いコートを羽織った。
俺は件の『よそ者』から逃げるため、沓脱ぎ石に転がっているサンダルを引っかけて、ぺたぺた屋敷を出る。
正門をくぐり抜けると、黒い車が目にとまった。一般的な車両より、一回りも二回りも大きな車体は、シャープながらも重厚さを感じさせる。ボンネットの先端についているエンブレムが眩しい。
こんな超高級外車が、山々に埋もれるような村に突っ込んできたわけだ。村の皆の慌てふためきっぷりったらなかった。
あぜ道を進んでいると、青々とした稲田に屈んで、作業をしている老夫婦を見つける。彼らも俺に気づいたらしく頭を下げた。
「ワカさん、昨日の旅人さんは元気にしとるか?」
「……ええ」
「それにしても、旅人さんがいい人でよかったもんだ。ワカさんに追い回されるなんて、相手が可哀想でならんからなあ」
空が青いな。稲が風に吹かれて波打っている。東から差し込む太陽が眩しい。お天道様が見ている、なんて諺が脳裏をよぎってしまうじゃないか。明るみに出る、白日の下に晒される、天網恢恢疎にして漏らさずか。
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