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「そうやって、目を丸くしていたほうがまだ可愛げがある」
ふわりと甘い香りがした。花のような生薬のような、はたまた果実酒のような……いや違う。三重奏さながらに、すべてが絶妙に交じり合って、この繊細な甘さが作られているんだ。
「っ――!」
俺はとっさに飛び退った。なんとか橋の上に着地する。香水の匂いに当てられて、くらりとよろめいた。
「ほう」
ますみは、橋の上にいる俺を、悠然と見上げた。
そこ、俺がついさっきまでいたところなんだが……
「無様に転倒したのは、ただ気が緩んでいただけのようだな。本当に、その細身からでは考えられないほど、運動神経に恵まれている」
ますみは意味ありげに含み笑いをする。
まずい、まずいぞこれは。
俺は半ば無意識に後ずさる。ざあっと音を立てて血の気が引いていった。作ったばかりの橋の上で、かたかた震える。
やっぱり木を倒すところを見られていた。飛び退って逃げたのもいけなかった。
まるで人間じみていない。
「ちが……ぅぁ……む、村の、皆に教えるのか? 俺の所業を……」
「隠す必要があるのか?」
うなり声のような、しかしそれにしてはずいぶんと小さなうめきが、喉の奥から絞り出される。冷や汗が額を伝う。
おいおい嘘だろ、情けないほど怯えているじゃないか。
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