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「…………っ」
俺はじりじりと後ずさる。美丈夫のにやつき顔を指さした。
「こ、この木は、大雨のときになぎ倒されたものだ……それで押し通す……」
「ほう」
「さっさと村から出ていってくれ。俺は、お前に危害を加えるつもりはない」
橋の上は、太陽が眩しくて敵わなかった。対岸へ渡り、こもれびに身を委ねる。ますみから目をそらさないように、細心の注意を払いながら、一歩ずつ距離を取る。
「ふん、そう身構えるな――と言ったら、貴様はびくびくと震えるのか」
「っ! 俺は、寒がりなんだ。勘違いしないでくれ……っ」
俺は茂みの中に身を躍らせる。無我夢中で駆けた。
心の中を見透かすような、鋭く冷ややかな視線に、心が引き裂かれそうになる。耐えられない。
寒がり? 馬鹿馬鹿しいな。村の皆に無茶苦茶な嘘を吐いて、もう何年になる?
こうなったのが高校生のときだから……気が遠くなってくるな。
木々の合間を瞬く間に駆け抜けて、川を一息に飛び越える。転がるように山を飛び出した。
「ああ……」
俺はその場にしゃがみ込む。日差しがじりじりとうなじを焦がした。舌の先まで、重たい空気がせり上がってくる。
「……帰ろう」
それを、ゆっくり呑み込んだ。幸せが逃げるなんて迷信、信じているわけじゃないが、やめておこう。陰気臭いしな。
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