2511人が本棚に入れています
本棚に追加
馬鹿げた考えだ。礼一は頭に浮かんだ疑念を押し出すように疑ぐるのをやめる。
「礼兄、なんか……いいにおいがする」
くだらない記憶たどっている間に、明久が礼一の方に身を寄せていた。
「匂い?」
いい匂い、ということは汗臭いというわけではないのだろう。まだ四月がはじまったばかりで、気温も汗をかくほど高くはない。
「うん、なんだろ?」
肩口に鼻先を近づけて、すんすんと空気を吸う。匂いの元を辿っているようだった。しかしいくら嗅いでもわからないようで、明久は小さな唇を尖らせしきりに首をひねる。
「気になる?」
なにかつけた覚えはない。柔軟剤が変わったのだろうか。しかしそれなら明久も同じ匂いになるはずだ。
あまりにも嗅がれるので、夕飯より先にシャワーを浴びてこようかと思った。しかし明久が
「んーん、いいにおいだからうれしい。ぼく、このにおい好きだな」
とびきりいいことがあったように、にこにこしながらいうので少し思いとどまる。
やがて明久は座り直して、本を読み始めた。その顔はまだ血気に溢れている。
悪い気にはさせていないようだし、ひとまずこのままでいいかと思い直ると、礼一も雑誌に視線を戻した。
最初のコメントを投稿しよう!