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六月。
雨が降っている。
濡れるのは嫌いだけれど、雨の日は好きだ。
いつもと同じ風景でも、違った顔を見せてくれるから。
毎日通る道も、雨に濡れれば秩序が変わる。
知らない世界が顔を出す。
アスファルトに雨が染み込む匂いとか、カエルがうれしそうに田圃に繰り出す足音とか。
その瞬間を切り取りたくて、雨の日はいつも親が止めるのも構わずに外に飛び出していた。
「………」
だけどまぁ、何事も限度がある。
空からの水滴はさっきまでかわいく傘をポツポツと叩いているだけの存在だったのに、今ではまるでカーテンのように僕の目の前を覆っている。
いくら雨が好きだといってもこう際限なく降られてはたまらない。
もちろん、傘は持ってきていたけれど突風ですっかり使い物にならなくなってしまった。
これは傘じゃない。ただの骨組みだ。
すっかり濡れ鼠になってしまった僕は緊急避難先として、とある神社に逃げ込んだ。
参拝目的でもないのに神社に長居するのはあまりよくないことだとわかっているけれど、どうかゆるしてほしい。
この雨の中、ドボドボに濡れながら自宅まで帰り着く自信がない。
たとえ僕が無事でも、相棒である一眼レフは無事ではすまないだろう。
服の中に隠して雨から守っているけれど、さっきからどうも嫌な音がしている。
僕はカメラが好きだ。
子供の頃に買ってもらった玩具のカメラにはじまり、インスタントカメラやフィルムカメラ、デジタルカメラもなんでも好きだ。
特にこだわりがあるわけではないけれど、使い勝手がいいからデジタル一眼を使っている。安いものじゃない。
「困ったなぁ……」
思わず独り言がこぼれる。
辺りを見渡すと、立派な鳥居とは裏腹に内部はさみしいものだった。
賽銭箱と、灯籠と、それに小さな本殿。
「御丘見神社」と書いてある。
「おおかみじんじゃ」と読むらしい。
決して手入れが行き届いているとは言えない。
最初は廃墟かと思ったけれど、真っ赤な鳥居が「まだ現役だぞ」と主張しているように見えて、思わず入ってしまったのだ。
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