序章

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序章

夜の暗い闇が降りる深い森、阿七は森の山の上で膝を抱えていた。 その目からは水晶のような透明の水滴が伝い落ちる。柔らかな風が吹き、辺りの草木がざわめく。 しかし風が止むと、彼のすすり泣く声だけが残っていた。 「せっかく好きな人間ができたのに……」 阿七は鼻をすすりながら呟く。 地面を見下ろすと、阿七と黒髪と同じくらいの黒い体毛の子猫が、足元にすり寄ってきた。人懐っこい、可愛らしい野良猫だ。 「お前も一人なのか?」 子猫の頭を優しく撫でる。すると黒猫は嬉しそうにニャアと鳴き、阿七も目を細めて束の間微笑んだ。だがすぐに大粒の涙が溢れて、こぼれ落ちていく。 「なんで俺は化け物なんだろうな……」 阿七は人間ではない。人間の姿をしているのに、この耳のせいで妖怪扱いだ。村の人たちから化け物と罵られ、命を狙われたことも数知れない。 だが阿七は死ぬことは無かった。どんなに鋭い剣で切られようと、村を焼き尽くす炎で焼かれても、万人を殺す毒を盛られても、決して死ぬことはない。 これまでも死のうとしたことはあった。だけど死ねなかった。翌朝には元に戻って、何事も無かったように朝を迎える。 「なんでみんな俺のこと嫌いなんだろうな……」 これからどうなるのだろうか。村の人たちが自分を殺しに来る。俺が嫌いだから。邪魔者だから。化け物だから。 阿七は空を見上げた。満天の星空がきらきらまたたいている。なのに阿七の目に映る空はぐにゃりと歪んでいて、どこに何があるのかさえ分からない。 こんな世界、大嫌いだ。 なくなってしまえばいいと思ってる。 「…ほら、できた」 阿七は地面にあった草花を綺麗に織り込み、小さな首飾りを作った。それを、黒猫の頭にかけてやる。 「お前ともお別れだな」 悲しげに呟き、猫を抱き上げる。黒猫も寂しげに鳴いていた。 もう山を離れなくては。ここには戻って来られない。また新しい住処を見つけないと。 風が吹き、阿七の髪が揺れる。 そして止んだ。 突然、阿七は夜の山道を駆け出した。一直線の道を脇目も見ず駆け抜ける。村を見据える阿七の瞳は金色に輝いていた。 涙で赤くなった目をいっぱいに開けて、山を駆け下りる。 「佐助を……」 阿七がある男の名をぽつりと呟く。あの男の命が危ない。阿七が長い間生きてきて、初めて愛を誓った人間。 「助けねえと……!!」
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