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猛暑の陽射しが降り注ぐ。凹凸が激しい 土瀝青は熱された 鐺の如く、征く者を苦しめた。揺らめく逃げ水が目眩に拍車を掛ける。
私は一介の、出版編集者にすぎない。何故汗と埃に塗れながら出歩いているかと問われれば、今話題の硝子製品を扱っているお方のインタヴューの為だ。
埃っぽい大通りから路地を抜け、丁字路突き当り。目的地である店には風鈴がずらりと並ぶ。《夢玉堂》と掲げられた看板は茹だる視界でも確認できた。やっと着いた。桐を一枚板に切り出した職人気質さから店主――訳有って私は名義人殿と呼んでいる――の性格が現れているように思えた。
彼は社内では気難しく、気紛れなヒトであるとの評判だ。そして其れは其の通りで、弩が付く新人の私であれば担当者にしても良いとの御達しだった。彼は人気作家でもあり、この《夢玉堂》の店主でもある。
「御免下さい。」
暑気あたりしそうな喉を振り絞り、名義人殿を呼ぶ。開け放たれた店先の奥には、間違いなくヒトが居るはずだ。反応が無かったのでもう一度声を掛けた。
「いらっしゃい。そう何度も呼びなさんな。」
チリチリと涼しげな音と、軽い足音を立ててやってきたのは店番の草夏殿だった。おかっぱ頭で頭頂部に飾られた大振りな髪帯が愛らしい。細い首にピタリとくっついている首飾り。歩くたびに金の鈴が踊っている。
「旦那様は、中庭で水浴びをしていますの。」
「全く、此の時間に伺うと云っておいたのに。相変わらずなお方だ。」
本当にそうですわね、と彼女は笑った。黒袴に雪銀の肌、縮緬の折り鶴が画かれた振り袖を翻す。冷たい曹達をお出ししますわ。涼し気な声に蘭鋳の帯が揺れる。
店内は相変わらずの陳列であった。絢爛な洋吊燭台を模した装飾品。七色の光を放つ白鳥の硝子文鎮。異国の海底を切り取って出来た小酒杯。所狭しと並べられた異国情緒溢れる品々に目移りする。
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