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どちらかというとこの部屋で感じる匂いは、美味しそうなミルクスープの匂いだ。お昼後だったので先ほどまで食べていたのだろう。そうつぶやいたシアンに対して画家は椅子を差し出し、座るよう促した。木製のそれに座ればギッと小さく悲鳴をあげた。
「ぼく普段は絵をあまり描かないんだ」
画家もテーブルをはさんで、シアンの前の椅子に座ってそう言った。
「画家のくせにか?」
片眉をあげて問うたシアンに画家は言葉を返さない。そのかわりに小さく笑い、自己紹介をした。
「ぼくの名前はフーノ。フーノ・ティスロン」
「俺はシアンだ。シアン・ワイルド。隣街のイーズで漁師をしている」
シアンは筋肉質な自分の腕を差し出して握手を求めた。フーノはまだ細い腕を差し出してそれに応え「さすが漁師だ、がっしりしている」なんて目を細めた。そしてその握手した手をなんとクンクンと嗅ぐ。
「確かに魚の匂いがするね」
「そうか。申し訳ない」
「なんで謝るの? ぼく魚は大好きだよ」
屈託なく笑う少年に、本当にこれがあのうわさの画家なのか、とシアンは不安になる。
うわさで聞く神の手を持つ画家というのは、神秘的な存在であった。筆を操り色を与え、生命をそこに息吹かせる手を持つ神のような存在。
しかし目の前にいるのはただ、魚が好きだと屈託なく言う普通の少年であった。
その不安は画家にも伝わったのだろう。フーノはニッと口の端をあげて笑った。
「そう不安げにしなさんなって。……おいで、ヨダ!」
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