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 フーノに見つめられたシアンはまた唇を噛み締めた。シアンが望んでいるもの。それは決して現実では叶わぬものだった。 「俺は……俺が描いてほしいのは」  シアンはおもむろに胸ポケットから一枚の写真を取り出した。そこにはどこかの写真館で撮ったのだろう、一組の男女が写っていた。女性が椅子に座り、男性は立って椅子の背もたれに片手を置いている。二人とも幸せそうに笑っていた。 「この女性だ」  フーノはその写真をそっと受け取り目を細めて見つめた。持ち歩いていたせいだろう。ところどころ擦り切れて薄汚れたその写真。その中の女性は亜麻色の髪の美しい女性だった。年はシアンよりも少し年下、フーノよりは年上のように見える。フーノは片眉をあげて少し嫌そうな顔をした。 「人間を描くのはぼく、断っているんだ」 「それは……知っている。神の手を持つ画家は、人間は描かないと……」  シアンは苦しげに眉を寄せた。 「人間なんか描いたら、きっと良くないことを考える輩もいるだろう。そのきみの主義は間違っていない。ただ……」  ただ、とシアンは言葉を紡ぐ。 「俺はこの子に伝えたいことがあるんだ。伝えられたら、それだけでいい」  こうべを垂れてつぶやかれた言葉。それにフーノは少しだけ眉を下げて、彼のつむじを見つめた。 「てことはこの子に伝えられないんだよね。もしかしてこの子、死んだの?」 「いや、死んではいない。元気にしているよ」 「何だよそれ。それなら本人に直接言えばいいじゃないか」 「それができないから、こうして依頼しに来ているんだろう!」  シアンはカッとした表情でフーノへと顔をあげた。しかしフーノは釈然としない、と言った様子で腕組みをしているだけだった。 「理由を教えてよ。こっちだって主義を曲げてまで人間を描かせられるなら、それなりの理由がないと描けない」 「……わかった」  依頼を決意した時点で、シアンは自分だけの秘密を画家に打ち明けることは覚悟していた。しかしその画家がこんな年下の少年だったとは……と少し気落ちする。  けれども話すうちにシアンの心中は凪のように落ち着き、言葉を紡ぐ。きっと自分はこの秘密を誰かに聞いてほしかったのだろう、とシアンはフーノの深く青い瞳を見て思ったのだった。
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