【1】小さなオトコのお姫様

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【1】小さなオトコのお姫様

「本当に、ごめんなさい」  鈴の転がるような美声が、小さな仮設テントの中でこだまする。  救急箱を抱えて腰を落とした下釜尚子(しもがまなおこ)は、眼前のパイプ椅子に座っている男を見上げて、申し訳なさそうに謝った。  消毒薬を含ませた脱脂綿で擦りむいた右頬を撫でられた男は、反射的に「あつっ」とうめき声をあげる。体のあちこちに傷を負ったその男は、自らを三宅清士(みやけきよし)と名乗った。  年の頃は三十前後だろうか。よれよれのネルシャツに色素が抜けたジーパン、大型リュックに派手なアニメキャラが印刷された紙袋を携帯したいで立ちから、男が冴えないオタク青年であることがうかがえる。長く伸びた前髪が顔の半分を覆い、ところどころ生えた無精髭も、彼の印象を下方修正する要因となっていた。  まだ三月だというのに、テントの中は蒸し暑い。それは、四方を白い横幕で目隠しした密閉空間だから――というだけではなく、室内に流れる気まずい空気がそうさせているのだろう。黙々と清士の介抱をする尚子の後ろから、ガタイのいい二人の男性が彼をのぞき込み、「どうしたものか」と対応に苦慮している。 「病院へ連れて行った方がいいんじゃないか? ゆ……ブルースピカの跳び蹴りを食らって、ただで済むとは思えん。後遺症が残るかも知れんぞ」  何かあってはことだと口を開いたのは、舞台責任者兼俳優の堀田松五郎(ほったまつごろう)だ。五十歳を過ぎてなお現役役者として第一線に立つ彼を、社員の皆は尊敬の意を込めて“親方”と呼ぶ。彼の息子、竹琉(たける)も、清士の容体については懐疑的だ。
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