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「じゃ、行ってくるね」
星に手を振り、門まで続く石畳を一枚ずつ踏む。
苔むした石畳に纏わりつく純白は、朝日に溶けきらなかった残雪だ。
白い息が淡い丸を描いては消え、描いては消えていくのを見て、高花はコートの襟に顔を埋めた。
人通りのある大通りに出て人の群れに混じりながら、高花は“あの異質な冷たさ”を脳内で反芻する。
ーーー絹の豆腐に似ていた。
高花は星の手に触れた感触を思い出す。
豆腐と違ったのは、異様に冷たかったこと。
いいやあれは冷たい、なんてものじゃない。
死んだ人の身体の冷たさそのものだーーーー
とはいえ、別に初めて彼に触ったわけでもない。
高花がまだ小さい頃、一度だけ無邪気に彼に飛びついたことがある。
和服越しに触れた星のからだがびっくりするほど冷たくて、その時、まだ幼かった高花ですらも思わず笑顔を失ったのだった。
自分を“人形”だという星。
だが、人形とは何なのか高花は聞けずにいた。
出会ったころから姿の変わらない彼に。
10年間、ずっと。
*
始業ベルが校内に鳴り響き、生徒たちが慌てて席に戻る。
やがて黒縁眼鏡の若い男性教師がドアを開けて教室に入ってきて、授業が始まった。
1限目は歴史の授業だ。
「今日は小テストをやるぞー」
「エーッ!?」
生徒たちから歓喜の声が上がる。
なぜ“歓喜”か。
それはこの教師の『小テストやるぞ』は毎回のギャグだからである。
「今日は本当にやるぞー」
「エェーッ!?!?」
困惑し、悲鳴を上げる生徒たち。
高花も顔をしかめ、肩を落とす。
暗記しかない歴史のテストが高花は一番苦手なのだ。
「最下位と下から2番目のヤツは今日の放課後、資料室の整理だからなー」
「横暴でしょそんなのォー!」
ブーブー言うやつに限って馬鹿だったりする。
「横暴じゃない。先生は知ってるぞ。今日はクラブがないんだろう」
「だいたい、なんで資料室の整理なんですかあ?」
前列の女子が前のめりになって訊く。
教師は珍しく口元に笑みを浮かべた。
「なんでって、あそこ、薄暗くて汚いだろ?先生さ…」
怖くて一人じゃ整理したくないんだ、と教師は呟いた。
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