第1幕 高花と星(こうかとせい)

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「じゃ、行ってくるね」 星に手を振り、門まで続く石畳を一枚ずつ踏む。 苔むした石畳に纏わりつく純白は、朝日に溶けきらなかった残雪だ。 白い息が淡い丸を描いては消え、描いては消えていくのを見て、高花はコートの襟に顔を埋めた。 人通りのある大通りに出て人の群れに混じりながら、高花は“あの異質な冷たさ”を脳内で反芻する。 ーーー絹の豆腐に似ていた。 高花は(せい)の手に触れた感触を思い出す。 豆腐と違ったのは、異様に冷たかったこと。 いいやあれは冷たい、なんてものじゃない。 死んだ人の身体の冷たさそのものだーーーー とはいえ、別に初めて彼に触ったわけでもない。 高花がまだ小さい頃、一度だけ無邪気に彼に飛びついたことがある。 和服越しに触れた(せい)のからだがびっくりするほど冷たくて、その時、まだ幼かった高花ですらも思わず笑顔を失ったのだった。 自分を“人形(にんぎょう)”だという星。 だが、人形とは何なのか高花は聞けずにいた。 出会ったころから姿の変わらない彼に。 10年間、ずっと。 * 始業ベルが校内に鳴り響き、生徒たちが慌てて席に戻る。 やがて黒縁眼鏡の若い男性教師がドアを開けて教室に入ってきて、授業が始まった。 1限目は歴史の授業だ。 「今日は小テストをやるぞー」 「エーッ!?」 生徒たちから歓喜の声が上がる。 なぜ“歓喜”か。 それはこの教師の『小テストやるぞ』は毎回のギャグだからである。 「今日は本当にやるぞー」 「エェーッ!?!?」 困惑し、悲鳴を上げる生徒たち。 高花も顔をしかめ、肩を落とす。 暗記しかない歴史のテストが高花は一番苦手なのだ。 「最下位と下から2番目のヤツは今日の放課後、資料室の整理だからなー」 「横暴でしょそんなのォー!」 ブーブー言うやつに限って馬鹿だったりする。 「横暴じゃない。先生は知ってるぞ。今日はクラブがないんだろう」 「だいたい、なんで資料室の整理なんですかあ?」 前列の女子が前のめりになって訊く。 教師は珍しく口元に笑みを浮かべた。 「なんでって、あそこ、薄暗くて汚いだろ?先生さ…」 怖くて一人じゃ整理したくないんだ、と教師は呟いた。
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