逃げ水の向こうに

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  〝あっちの方には行ってはいけないよ〟  ふとそう言われたことを思い出し、私はその道を振り返った。  母と祖母が亡くなった。  遠い夏の日のことだ。人通りが少なくなる平日の午後、母は祖母の車椅子とともに踏切の遮断機を超えた。  急な人影に電車はもちろん止まることなどできず、そこを通過したという。その知らせを受けたとき私はまだ中学生で、まだ子供だった。  あの日と同じ、夏が来ていた。  日差しは強く、ただぼうっと立っているだけで目眩に襲われる。顎の先からぽたりと汗が落ちた。  ただ真っ直ぐに伸びるアスファルトの坂の上には、ぼんやりとした自分の意識をそのまま表しているかのように陽炎が漂っている。  ……あの言葉はどういう意味だったんだろう。  あっちの方、とはあの坂の向こうを指していた。  あんな長たらしい坂、用も無いのにわざわざ登ったりしないよ、と私は返した。母は祖母の車椅子を押しながら、そっか、と言って笑った。二人が亡くなったのはすぐその後のことだったと思う。  家からすぐ近所だというのに、私は人生で一度もその坂を登ることはなかった。  きっと無意識に母の言葉を守っていたのだろう。  
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