27人が本棚に入れています
本棚に追加
見慣れた街の景色。
私がいつも出歩くのは坂の麓の本屋さんまでだった。その先は母の言い付け通り進んだことはないし、本当に坂の先に用事も無かった。
こんなに近くにあって、知らない世界。
……母は、何故あの日死を選んだのか。
暑くて思考が定まらない。
「すまないな」
先を行く父がぼそりと呟いた。
すぐ横を軽トラックが大きなエンジン音を立てて通り過ぎていく。父の声は、その音にかき消されそうな程に小さな声だった。
「俺のせいで、お前に苦労をかけた。悲しい思いをさせた。皆を守れなかった」
「……もう、毎年毎年やめてよ。私まで責められてるような気持ちになる」
私は努めて明るく振る舞う。父の、すまん、という二度目の謝罪が消え入りそうだった。
誰のせいだったのだろう。今更考えても答えなど出ない。
自分のことばかりで、ろくに母の手伝いをしなかった中学生の私か。
事業を失敗し、当時多額の借金をこさえた父か。
散歩中に転び、自力で歩けなくなった祖母か。
介護に、節約生活に追い詰められていたのにも関わらず、全ての絶望を心の内に閉じ込め続けていた母自身のせいか。
最初のコメントを投稿しよう!