1/2
前へ
/9ページ
次へ

ただ、誰かに「愛してる」と言ってみたかった。心から愛し、慈しみ、幸せになって欲しいと思う誰かに、「愛している」と言ったら喜んで欲しかった。年がら年中それを願い、心は人恋しさに晒されてきた。春は冬の冷たさが抜けかかろうとしても肌寒い。夏は日の暑さのせいで風はむしろ冷え冷えとしている。秋は寒いのか寒くないのかはっきりしないのに心は寒さを増す。冬はいよいよ心が凍てつき、解かされるのをじっと待つ。寒い寒いそんな中で心はずっと夢見ていた。いつか自分が誰かを愛せることを。 寂しさの中で生きるのは辛い。誰にも心を許せないのが辛い。信じきれないことが辛い。信じきってしまいたいから、もっとあなたの心を見せてよ、全部私に教えてよとわがままになる。そんなことはありえない。人の心は隠されるもの。晒すことの出来る人も、それを受け止められる人も、滅多にこの世にはいない。 だから人々は物語の中の、美しく、純粋で、疑いの欠片も混じらない信頼関係に憧れを抱く。私だってあんなふうに誰かを信じたい。信じられたい。愛し、愛されたい。生きることを喜びたい。 叶う望みははるかに少ない。それを知った上で生きるのも、また辛いと言ってしまうから、だから私は夢を見る。眠りの中で見た夢、私の欲しい幸福、現実にはないそれを、目覚めてからも見続ける。 ふと現実に帰るようなことはしない。本当は目覚めた時にもうとっくに現実に帰っている。自分が息をしている世界が現実だと知りながら、目覚めたことに気付かないふりをして夢の中を泳いでいく。戯れに近い。ちょっとした遊びだ。そう、自分がうっかり呼吸するのを忘れてしまわないようにするための、些細で大事なお遊びだ。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加