19.ナージュの涙

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19.ナージュの涙

 左岸軍がリュゲル地方の鎮圧に向かってから一ヶ月と数週間が過ぎていた。季節は移ろい、草木が枯れ始め朝晩の冷え込みが強まっている。ナージュはテンゲルからの手紙を受け取った後、しばらくは王城の一室で療養していたが、数日後にはすっかり心身ともに回復して工房へと戻っていた。  工房で甲冑作りに没頭していたナージュがその書簡を受け取ったのは、肌寒い日のことだった。テンゲルから全く音沙汰は無かったが、不安になるたびに机の奥にしまってあるテンゲルからの手紙を読み返しては、気持ちを落ち着かせる日々を送っていた。 「テンゲル様が……!?」  テンゲルの従僕が持ってきた書簡を手に、ナージュは身体を震わせる。そこに書かれていることが信じられず、何度も文面を読み返すが、それは間違いなく事実であるらしい。 『 テンゲル将軍、負傷のため帰還遅れる。 意識あり。歩行困難。甲冑の製作は継続して行うこと 』  事務的な、たったそれだけの文言だった。その文面からはテンゲル自身に何が起こったのか全く分からない。ただ戦乱の中で大怪我をしたこと、そしてそのせいで今歩けずにいることだけが伝わってくる。  ――テンゲル様に……何があったというの……。  ナージュは無意識に書簡を握り締めていた。思い出すのは、自分が医務室で見た夢の中で、テンゲルが血を流しながら戦う姿だった。伝え聞く話によれば、左岸軍とリュゲル第一師団の連携により、砦の奪取は成功したという。だが、味方にどれだけの被害が出たのかはまだ分からない。  ――テンゲル様……。
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