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香織はあまり体が丈夫な方ではない。 小さな時にはよく入院をして親を心配させた。 アルバムに貼られている写真は青白い頬をしたものが多い。 横に並んでいる父母も父方の祖父母も、今とは比べものにならないほどほっそりしていて心労が多かったのが分かる。 母方の祖父母は大阪に住んでいたが交通の便がいいとは言えない所に住んでいたし、飲食店を経営していたため、見舞いに来ることは出来なかった。 その代わりのように入院する度に神社仏閣にお参りに行ってくれ、お守りやお札を送ってくれた。 七歳を越えてからようやく人並みより少し弱い程度になったのは両親と祖父母のおかげだろう。 祖母は祖父が死んでから数年して店を閉めたが、沈んだ様子もなく、よく遊びに来てくれるようになった。 孫の香織よりも元気そうに伊勢を皮切りに全国各地へと旅行に出かけていたが、癌であっけなく亡くなった。 遺品の整理は母とした。お札などは毎年替えていたらしく、数があまりなかったので、家に持って帰ってきた。 喪が開けてから神社に行こうということになっていた。で、それをキレイさっぱり忘れていた。 母に言われて思い出し、三ヶ日が過ぎた頃から一社ずつ返して回っていたのだが、住吉大社だけは行けていなかった。 小学生くらいの頃には何度か祖母に連れられて行ったのだが、距離が障害となって大学生になった今日までなかなか行けていない。 何より毎年テレビ中継でごった返しているのを見ただけで、うんざりして行こうという気がますます削がれた。 だが、お世話になった神社でもある。 また不純な動機かもしれないが、返しに行くものが他では見たことのないものだったからだ。 それはちょっと大きいふっくらした白い招き猫だ。
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