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どういう意味なのか図りかねて神職を見た。 うーん、と少し考えてから。 「えびすさんはお参りされましたか? 太鼓橋の近くだやっているんですけど、気付かないで素通りされる方もいらっしゃるので……」 そう言われてみれば、鉦の音がしていたような気がする。まだ松の内だから、と深く考えなかった。 「横の石橋を渡ってきたので気付きませんでした」 「ぜひ寄ってみてくださいね」 「ありがとうございました」 来た道を戻りながら歩いていると、先導するように先程の猫がのしのしと歩いている。 猫は正面にある朱塗りの門から出て、来る時には右から来た道を左へ曲がる。 付いていくと、えびす祭特有の手拍子と掛け声が聞こえてくる。 分からなかったのが不思議なくらいの人混みで、熊手や笹を売っている店もあれば、あめを売っている店もある。 また桃色と白色の玉を木で組んだ高台のような所から袴を着た人が節分のようにまいている。 紅梅白梅のようで正月らしい演出だな、と思っていると、こちらにも降ってきた。 受け止める。 幸せのお裾分けは丸もちだった。 特別なものなのか、中央に『寿』と書かれていた。 見覚えがある。 小さい時に祖母とえびす祭に来て、もちまきのもちを貰おうと躍起になったからだ。 *** 「おばあちゃん、もち貰われへんかもしれへん」 「ほら、泣かんと。泣いてたらええのも寄ってこんようなるで。ほら、ニッコリ無理にでもわろて手をうーんと伸ばしてみ」 「うーんと」 「そやそや、その調子。ばあちゃんもええ笑顔で美人さんなって貰うで」 「あっ!」 「良かったな。ばあちゃん持ったろか? それとも自分で持って帰るか?」 「自分で持って帰る」 「そうか。ほんならここから出よか。欲かいてもう一つ貰えるとは限らへんし、人も増えてきた。手、離したあかんで」 もちまきで集まっていた人混みを、器用にするすると通り抜けていく祖母の後を、幼い香織は必死で追いかけた。 祖母と二人で手を伸ばしてようやく貰えたもちは家まで握りしめて帰った。 そのもちの美味しかったこと。 *** 「ニャー」 少し離れた場所からまた声が聞こえた。 ありがとうの意味を込めて手を振ってやる。 尾が左右に揺れたかと思うと、軽やかに走り出してしまった。 神様のお使いだったのかな? 香織はそう思った。
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