第1章

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関西国際空港に降り立つと醤油の香ばしい匂いが鼻を掠めた。懐かしい匂いだ、ここは紛れもなく5年前に捨てたはずの日本だ。 動かす度に悲鳴のような声を上げるスーツケースを引きながら、南海電鉄の駅まで何とか歩いた。9時間のフライトは流石に身体に応えたようであちこちが痛い。 5年前来た時と何にも変わらないこの駅には特急ラピートが既に入線していた。海外旅行から帰って来たと思われる家族連れ、出張先から自宅へと急ぐサラリーマン、外国人旅行者達が次から次へとラピートに乗り込んで行く。 俺はベンチにどさっと腰を下ろし、サングラスを外した。そして乗る人達をただ眺めていた。その内にドアが閉まる音がし、駅員の笛の合図でなんば駅へとラピートが発車した。 ラピートの濃い群青色の車体がどんどん小さくなり見えなくなる。構内には電車はおろか人っ子一人見当たらなくなった。静寂が訪れ、 途端に不安に覆い尽くされる。 オトンとオカンはまだ俺を許しちゃいないだろう。 俺は家族を捨てたのだから。 けれども金もない、家もない俺には実家以外に帰る場所はない。 二度と顔なんて見たくもないと追い返されるか、それとも5年ぶりに帰ってきた俺を暖かく迎え入れてくれるのか。 本音を言うと、結局は俺の事を許してくれるのではないかとオトンとオカンに甘えきった自分がいる。誰にも頼らず生きるとあの時決めたはずなのに。
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