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数年前、鬼軍曹と異名を囁かれたカーディルが曹長になってこの地に訪れたのは今回が初めてのことだ。
汗を流すアサドのその背中の上で、曹長はご満悦な笑みを浮かべている。
必要以上の付加を掛けられ、それでも耐えようとするアサドは他の新兵よりも見込みがあるように思える。
何故、急にカーディル曹長はこの訓練地に訪れたのだろうか。
カーディルにしごかれた経験のある元、訓練兵であった軍曹は目を付けられたアサドに気の毒そうな視線を向けていた。
兵士達の一日は訓練に始まり訓練で終わる。
いつ訪れるともわからぬ戦争に備え、実戦と変わらぬ環境下での訓練はとても大切なことだ。
それは寝ている間でも変わらない。
夜間の訓練警報は前触れもなく急に鳴り響いていた──
「急げ! 配置はどうなってるっ」
「二時の方角に三人! 八時の方角に二人!」
砂丘の陰に隠れて地にへばりつく。銃を構え、目覚めたばかりの視界で辺りの様子を窺えば、暗闇にぼんやりと黒い影が浮かび上がる。
班ごとに敵と味方に分かれて対戦する。本番さながらの緊迫感は現場の雰囲気があっての物だ──
もしもこれが本物の戦なら、見つかり捕まってしまえば命はない。
八時の方角の配置に付いていたアサドは共に身を伏せた味方と闇夜に目を凝らした。
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