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「……シェーナ」
「なん、」
軽く手を引かれ、顔が近付いた。
色違いの瞳に私のそれが映っている。
ぶつかりそうなほど近くに薄い唇があって、思わず目を閉ると、ちゅっと小さな音が聞こえた。
「……は?」
「いきなり唇を奪ったりはしませんよ」
私の髪に触れていた唇は、笑みを浮かべたまま離れていく。
突然のことに、顔は熱いし胸が苦しいし頭が混乱している。
この男、今、わたしに、何を。
「シェーナ。息、息をしてください」
「はっ!」
慌てて呼吸を再開した私を見て、コウは声を上げて笑った。
腹の虫を聞かれた時以上の羞恥心が襲ってくるけれど、なぜか不快ではない。
むしろ、一緒になって笑ってしまった。
腹を抱えて笑うなど、ここ数年してはいなかった。
まだ善も悪も判らなかった頃しか、笑った記憶などない。
そして、今の私の傍にはそうやって笑い合った人など誰ひとり残ってはいない。
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