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夕餉を食べそこない、腹が鳴ってしまった元凶はあのおどおどした侍女にある。
いつもは物に当たり散らしても消えない怒りは不思議とおさまっていた。
目の前で、グラスを傾ける男のせいで。
男はあれ以上からかうことはなく、かいがいしく世話を焼いてきた。
世話など、焼かれて当然だった。
なのに、男がしてくれるそれは嫌々でも押しつけがましくもなくて――時々、ばちりと合う視線に胸が苦しくなった。
「それで? そろそろ名前を窺ってもいいですか?」
「名前……」
「そう。でないと、腹の虫さんと呼んでしまいそうだ」
「ばっ!」
ばかにするな。と。いつもなら言っていた。
言って、物に当たって、謝らせて。
けれど、どうしてか――彼には、そういうことをしたくはなかった。
「……ならば、まずお前が先に名乗れ」
「ああ、そうですね。これは失礼」
立ち上がった男は音もなく私に近付くと、恭しく頭を垂れた。
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