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一度、この想いを口にしてしまったら、もう元には戻れなくなることを。互いのなかにある熱情に、すべて奪い去られてしまうことも。
それでもなお、求め合わずにはいられなかった。
──父が亡くなる数日前、奎緒は初めて和彦と想いを通じ合わせ、そして肌を重ねた。
互いの身にまとった熱の境界をほどいて、絡まり合う吐息や拍動を共有した。
自分のなかに、これほどまでの狂おしい情欲がひそんでいることを、そのときまで奎緒は知らなかった。自分をやさしく、ときには激しく包み込む和彦の汗ばんだ背中を、伸ばした腕でぎゅっと抱きしめる。もう二度と、この想いからはぐれたりしないように。
──それは、奎緒がまだ、何ひとつ知らなかったころ。
「……ずるいよ……」
辛そうにしているのに、それでも決して逸らされない和彦の視線が痛くて、両腕で顔を覆うようにして奎緒は掠れた声でつぶやく。
「ずるいよ、和彦さん……もし、父さんが何も言わなかったら、そうやってこれからもずっとひとりで抱え込んでいくつもりだったの? 俺には何も言わずに?」
「……奎緒」
「……俺だって、和彦さんのことが好きなのに。こんなに好きで、だから苦しかったのに……。和彦さんの方がずっと苦しかったなんて、知らなかった」
腕を載せた瞼がぼうっと熱くなって、堪えきれずに溢れ出した涙が目尻を伝って椅子のうえに落ちた。
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