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かすかに自嘲の色を含ませた声音でつぶやいた和彦に言葉を見つけられず、奎緒は月光がうつろう床を睨むようにして凝視する。
こんなふうに自分に向けられるやさしい声も、ためらわないまっすぐな眼差しもすべて。
知らなければ、ただ好きでいられた。
そこにある真実を、自分で確認してしまうことが何よりも怖かったのに。
「……奎緒?」
──それでも、近付けばきっと、確かめずにはいられなかった。
「ごめん。俺、こっちの部屋にずっと置きっぱなしだった数学の参考書取りに来たんだ。引き取ったらすぐに帰るから。──和彦さんも、疲れてるんならちゃんと部屋で寝た方がいいよ。仮にも当医院の若き院長先生が、こんなところで寝てたなんて患者さんたちに知られたら示しが付かないでしょ」
ふるえてしまう声を隠すために、わざとおどけた口調でひと息にまくし立てると、和彦から逃れようと背を向ける。これ以上一緒にいたら、きっとまた見つけてしまう。気付いてしまう。──和彦のなかに息づく、あまりにも近すぎるかつての肉親の面影を。
どうして、今まで気付かずにいられたのだろう。
認めてしまえばこんなにも、和彦と彼は疑いようもないほどよく似ていたのに。
からからに乾いた唇の奥で、寒くもないのに歯がかちかちと音を立てる。急いでその場を立ち去ろうとした奎緒の手を、しかしそのとき、真下から大きなてのひらが掬い上げた。
「──逃げるなよ」
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