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そして、奎緒のもとには、父の面影や思い出とともに、決して拭い去ることのできない真実だけが取り残された。
「……知らなかったんだ……」
言葉にしたとたん、かたかたとふるえ出した自分の身体を、自由になる片手で抱え込むようにして奎緒はつぶやく。
「──奎緒?」
「知らなかった……だってそんなの、あまりに突然で、信じられない……何で? どうして、もっと早く話してくれなかったんだよ。何でだよ……」
自分の顔を覗き込む和彦の怪訝な顔の下、そこに確かに存在する彼のひとの面影に向かって、奎緒は訴えるようにして問いかける。
何故? どうして、こんなことになったんだ?
教えてくれよ──父さん。
「……遅すぎるよ……だって俺、もう好きになっちゃったんだよ? 和彦さんのこと、もう自分でもどうしていいか分かんないくらい好きになって……なのに何で、いまさらそんなこと言うんだよ。知りたくなんかなかったのに……そうすればずっと、和彦さんのそばにいられたのに」
──この深海の底に何もかも沈めて、見ないふりをして笑っていられたのに。
うつむいた頬をいくすじもの涙が伝うのにも構わず、奎緒はきつく唇を噛みしめる。
と、次の瞬間、手首を掴んでいた強いてのひらが、奎緒の全身を引き寄せる力に変わる。驚く間もなく、そのまま覆いかぶさるようにして重ねられた和彦の唇が、吐息も言葉も一瞬にして奪った。
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