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「──っ、……ん……っ」
慌てて身を引こうとした奎緒の動きを赦さずに、角度を変えて何度も重なる唇がむさぼるように口腔を探る。歯列をたどる熱い舌の感触に、奎緒は和彦の白衣の肩口をぎゅっと握りしめた。
……もう、こんなふうに触れ合ったりしたらいけないのに。
この愛しい温もりを感じてしまったら、きっともう二度と離れられなくなる。──そう分かっていたから。
涙でぼんやりとにじんだ視界の端に、ほの白い照明の先、ひらひらと泳ぎ回る色とりどりの魚たちが映る。
──ここが、本当に海だったらよかった。
そうしたら、このまま和彦とふたり、誰にも見つからない深い深い場所まで泳いでいって、そこで一生眠り続けるのに。
けれど、ここは海なんかじゃない。それがたとえ、どんなに酷似していても。
──そう、ここは巨大な水槽だ。自由に見えても、白い壁に阻まれてこれ以上どこにも行けない。目の前で気持ちよさそうに泳ぐ、この魚たちみたいに。
「──……、」
やがて、名残惜しそうに離れた唇の下、互いの乱れた呼吸だけがやけに大きく響いて聞こえる。その間隙を縫うように、ときおり水槽の立てるこぽこぽという音が、熱を帯びた鼓膜をふるわせては通り過ぎた。
「……俺は知ってたよ、最初から」
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