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淡々と紡がれる声のなかに、あの日の和彦の姿が重なる。……ああ、だから、彼はあんなにやさしい瞳をしていたのだろうか。
初めて会ったとき、父の白衣の陰から自分を見上げる幼い奎緒に気付くと、和彦は視線を合わせるように長身をかがめて、それからふわりと微笑んだ。
──今日からよろしくね。奎緒くん。
そう言った彼の声音が、瞳がとても温かくて、泣きたくなるくらい嬉しかったことを覚えている。今まで誰もそんなふうに、奎緒をまっすぐに見つめてくれるひとはいなかったから。
「初めて会ったとき、この子を大事にしたいと思った。もう二度と、こんな寂しそうな顔をさせたくないって。……それなのに、気が付いたら奎緒のこと、弟として見られなくなってる自分がいたんだ」
「……和彦さん……」
苦しそうにゆがめられた和彦の顔に、奎緒もまたいつのころからか、自分のなかで変化していった彼への感情を思い知らされる。
──何度も、諦めなければならないと思った。
和彦には、自分よりも、もっとふさわしいひとがいる。そう考えるたびに、苦しくて苦しくて、頭がどうにかなってしまいそうだった。いっそこのまま、気が触れてしまった方がどんなに楽だろうか、と捨て鉢な気分で笑ったこともある。
「一度触れてしまったら、歯止めが効かなくなるって最初から分かってた。でも、どうしても止められなかった。……だからあの日、おまえを抱いたんだ」
──そう、最初から分かっていた。
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