プロローグ

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 秋というにはあまりの暑さ。朝だというのに汗が身体から噴き出してきた。  私、岡崎真由香は、いつものけだるい通学電車を待っている。アプリに通知が無いので今日も平常運転。   『7時5分発、区間急行、なんば行が到着いたします』  ほどなく入線してきた電車には「さよなら7000系」のヘッドマークが飾られていた。  あと1週間ほどで引退らしく、昔と同じ、濃い緑と薄い緑のツートンカラーに塗りなおされて、最後のときを迎えようとしている……、のだけど、寂しさなどみせず、いつものように走るその姿は、貫禄さえ感じられた。  走り出すときいきいと車両がきしむ音と、けたたましいモーター音がする。まるで最後のご奉公をしているようだ。身動きが取りにくい程の混雑だけど、冷房の風が心地いい。  窓の外に目をやると、最近、三脚を使って撮影している人たちをよく見かける。もうすぐ引退する電車の姿を写真に収めているのだろうか?  貝塚を出てほどなく、岸和田駅に着く。私にとってこの駅は、その日一日楽しく過ごせるかどうかの分岐点。早速「お目当て」を探して車内を見回すと……、いた! グレーのブレザーにメガネをかけた、ショートヘアの憧れの人。とてもスポーティーな、彼の近くだけ景色が輝いて見える。  近くにいる時は視線を送ることもあるけど、今日は少し離れているので、眺めているだけ。  私はもう高校2年生。何やってんだか、とは思うけど。近づくだけでドキドキして、デートに誘うことすらままならない。  だから眺めて脳内デートを楽しんでいるだけ。遊園地とか行ったら、きっと積極的にあちこち案内してくれるんだろうな。なんてことを思いながら。  ところが! いつも一人の彼が、OL風のお姉さんとお喋りしている。私は頭が真っ白になってしまった。あれはいったい誰なんだろう。  春木、泉大津、羽衣、堺と停車するたびに、窓から見える景色にビルが増えていく。 『南海電鉄をご利用いただきまして、ありがとうございました。まもなく終点、なんばに到着いたします……』  人混みの中、私はあれこれ考えながら電車を降りた。彼とお姉さんも一緒に降りるのを確認。あの人はきっと、お姉さんか何かよね、と、自分に必死に言い聞かせていた。  この時、ある人から自分に視線が注がれていることなど、知る由もなかった。
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