過去編 第二章 「幻獣の野にて」

11/18
前へ
/152ページ
次へ
 王はナシェルの自由を奪ったまま、可笑しそうに笑っていた。 「やはりそうか、そなたら……」 「……ッ、離してください!」  ナシェルは本気で怒っていた。だが暴れようとすればするほど、強く腕を掴まれる。冥王は上から圧し掛かり、吐息をナシェルに吹きかける。笑顔とは真逆に、紅玉の瞳は怒りに満ちていた。 「あの男に体を許したのか?」 「……離せ!」  殴りつけようと振り上げた手は、あえなく掴まれる。  冥王は静かに、王子以上に怒りに満ちていた。 「よし分かった。離してやる。それでそなたはどうするのだ。あれと共に駆け落ちでもするか」 「……」  解放され、ナシェルは震えながら起き上がった。悲しみと、父への憎しみで、気が触れそうだった。  しかし冷水のような冥王の言葉が、ゆっくりと心臓を伝って落ちていき、水滴のように心の中で撥ねた。  怒りなど意味がないと、我に返って悟った。  悪いのは己だ。 「……いいえ、父上。どこへも参りません。すぐ戻ります。  頭を冷やしたいので、少し時間をください……咎めは、受けますから」  放心し、無気力に告げた王子の細い肩に、セダルはローブを拾い上げ着せかけてやる。 「いい子だね……、行っておいで。待っているから」
/152ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1069人が本棚に入れています
本棚に追加