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王はナシェルの自由を奪ったまま、可笑しそうに笑っていた。
「やはりそうか、そなたら……」
「……ッ、離してください!」
ナシェルは本気で怒っていた。だが暴れようとすればするほど、強く腕を掴まれる。冥王は上から圧し掛かり、吐息をナシェルに吹きかける。笑顔とは真逆に、紅玉の瞳は怒りに満ちていた。
「あの男に体を許したのか?」
「……離せ!」
殴りつけようと振り上げた手は、あえなく掴まれる。
冥王は静かに、王子以上に怒りに満ちていた。
「よし分かった。離してやる。それでそなたはどうするのだ。あれと共に駆け落ちでもするか」
「……」
解放され、ナシェルは震えながら起き上がった。悲しみと、父への憎しみで、気が触れそうだった。
しかし冷水のような冥王の言葉が、ゆっくりと心臓を伝って落ちていき、水滴のように心の中で撥ねた。
怒りなど意味がないと、我に返って悟った。
悪いのは己だ。
「……いいえ、父上。どこへも参りません。すぐ戻ります。
頭を冷やしたいので、少し時間をください……咎めは、受けますから」
放心し、無気力に告げた王子の細い肩に、セダルはローブを拾い上げ着せかけてやる。
「いい子だね……、行っておいで。待っているから」
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