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ぶるる、と身を竦ませて、ナシェルは昨夜の絶頂の記憶を脳裏から打ち払った。
姿見から目を剥がし、膝を抱えて丸くなった。
父はどうかしている。
床に落ちているそのピンを、もう見ることができなかった。
父は気を失ったナシェルの髪に、それを挿して出て行った。
まるで征服の印のようにだ。
狂気の所業のような気がしてくる。
むろん自分だって、さいごは浅ましく腰を揺らして何度も達して、悦んでいたのだけれど……。
父と、自分。
老いをしらぬ種族で、この世に互いしかおらぬ同族である以上、たぶん、ほぼ未来永劫、この関係を続けねばならない……。
ナシェルも本当は父を好きだ。愛してはいる。けれど自分の中にあるその愛とは、一体どんな種類の愛だろう?
父を“父”として、ただ尊敬し崇拝したいのではないのか?
あまりに稚い頃から烙印を焼き付けられてきたために、“親子愛”の正常な形というものを、ナシェルは知らずにきた。
けれどもう今は、何も知らぬ幼子ではない。
親友ヴァニオンが彼の父親との間に築いている、無遠慮で限りなく対等で、それでいて真っ当といえる親子関係を、羨ましくさえ思うのだ。
父は自分をどうしたいのだろう。自分のこの体を、よく響く楽器のように造り変えてしまって、このあと何を求めるのだろう?
時折、父のそうしたわけの分からない所業に無性に脅威を感じるのだ。なりふり構わず、父の腕から逃げ出したくなるといってもいい。
なにせ鏡の向こうの自分は、父をそのまま小さくしたような姿形をしていて。
紛れもなく父と全く同じ血が流れているのだと思うと、大きくなったら己も、あのような狂気に冒されるのではないかと―――。
そういう恐怖があるのだ。
もう充分、父の罠に、毎夜のようにとろかされてしまっている。嗜虐的な愛に応えてしまう自分がいる。
これ以上進んだら、自分も、きっと父のように、狂う―――。
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