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ナシェルの考えていることなどどうやら乳兄弟には、お見通しのようだった。
そして草を払って立ち上がった彼は、土手を登ってきてナシェルの目の前に立つ。ナシェルも、つられて立ち上がっていた。
至近に立ち、二人は見つめ合う。
ヴァニオンの唇がなにかを云いかけ、ためらうように閉ざされる。
ナシェルはそれを見た瞬間、叫び出したい言葉を喉の奥で必死に我慢する。
―――ヴァニオン。
今、わたしがお前の口から聞きたいのは、今も変わらず私を愛しているという告白だけだ。
お前のその瞳はそう物語っている。
乳兄弟の口が開いて、変わらぬ愛が誓われるのを、ナシェルは待ち焦がれていた。
けれど乳兄弟が次に口に出したのは、思いがけない台詞だった。
「なあナシェル、この河の向こうまで、行ってみないか、俺達」
河の向こう側は地上界だ。
それはつまり、二人で逃げるということか。
ナシェルは目を瞠った。
ほんとうに王を選ぶか、それとも俺かと、再度選択を突きつけられているような気がした。
乳兄弟の黒い瞳がナシェルの反応を窺うようにつかの間細められる。失いきることのできぬナシェルへの想いを押し殺すように視線があちこちへと揺らぎ、根負けしたように、愛おしげにナシェルをとらえ、数度瞬く。
その黒々とした睫毛を、ナシェルは凝っと見つめ返す……。
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