1071人が本棚に入れています
本棚に追加
「本当に、怖くない?」
「はい」
だが表情の僅かな強張りで、王には愛し子の抱いている本心が伝わってしまうのだった。
王は悪戯を思いついたような顔で続けた。
「それは良かった。そなたがこの場所は嫌だと申したら、どうすべきかと思っていた処だ」
「え?」
ナシェルはそっぽを向くのをやめ背後の王を仰いだ。
王は屈み、ナシェルの耳元に唇を寄せて吐息を吹き込むように囁く。
「この場所に決めたよ。
五百年かけて、そなたのための城を建ててあげよう……。
吾々のいま立っている、ここにな」
「………!?」
そなたのための城を、建ててあげよう。
五百年もかけて?
そなたの城。魅力的な響き。でも……、
こんな、恐ろしい場所に?
顔が強張るのを抑えられない。
冥王の口元に浮かぶ微笑を、なんと捉えれば良いのか。
戸惑い、翳りの色を濃くするナシェルの表情を、冥王は高い位置から紅の瞳で覗き込む。
「どうだ、素晴らしいだろう。そなたはこの地の支配者となるのだ」
本気で云っているのかと、ナシェルは父王を窺った。冗談だと云って常の如く笑い出すのを期待して。
しかし王はただうっそりと笑んでナシェルの強張った頬を撫でるばかり。ナシェルの困惑する様を楽しんでいるかのようだ。
ナシェルは返答に窮しまごついた。
「で、でも……私はまだ……」
「ナシェル。余はここ暗黒界をそなたのために残してあるのだ。誰にも下賜せずにな」
「私のために?」
「あの崖の上から見下せる悠遠な眺望を、そなたも気に入ったであろう。この地に立ち寄ったのは、建設にあたっての下見をするためだったのだよ」
「…………」
衝撃だった。
思いつきで云っているわけではないようだ。
……よりによって、どうしてこんな場所なの。
風の音が恐ろしいばかりで、眺めなどほとんど目に入っていなかった……。
「……でも、父上」
「地上界に近いことを心配しているのか? そのために三連の砦を造らせたのだよ。そして、これから時間をかけてさらに軍備を増強し、余の直属軍に匹敵する軍をそなたに預けてやろう。今すぐではない。成神してからだよ。神司も上手に使えるようになる。何も心配は要らぬ」
王は「でも、」といいかけたナシェルの頤を摘んだ。
そして唇を啄ばみ反論を封じ込めてしまった。
「………ん、」
最初のコメントを投稿しよう!