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反射的に逃げかけるも、やがて幼い脳は常のごとく己に課せられた使命を思い出す。
冥王の半身として生を受けた己は、王より与えられしものは全て、何も疑うことなく受け取らなければならない。
突然聞かされたこの領地の話のみではない。
この唇に込められた想いも。意地悪な言葉の数々に隠された慈悲深き愛も。
悪戯な指の齎す背徳も。
そんなものは要らないと拒絶しても、全てを受け取らざるを得ないのだ。
そのように定められて、生まれてきたのだと。
つまり王の創り出す闇に身を委ね、己を包み込んで余りある寵愛に応うることこそが、己が命の存在意義であるのだと……。
それらは一言で云いかえれば、宿命と呼ぶべきものなのかもしれない。
そしてすでに心でも感じ取っていた。
時折こうして王の意地悪な、不意打ち的な愛の供与に慄くものの、総じてナシェルは王から得るものすべてに結果的には充足を覚えていたのだ。
さまざまな形で与えられるものを、小さな全身で受けとめる。その歓びに狂わされ………。
享受し続けることに、中毒患者のごとく慢性的な快楽を見出していたと云ってもいい。
けなげに父神の愛に応うるべく努めるナシェルはしかし………まだ王の愛のすべてを、その身で体感した訳ではない。本当の快楽を未だ与えられてはいないのだ。
「そなたの成長が楽しみだよ……。いずれは余と同等の神司を得て、三界最強の神のひとりになるであろう。さらにそなたは、余に無いものを持っている……神聖なる美という鋭利な武器さえも」
王は滑らかなナシェルの柔肌に唇を寄せながら、うっとりと呟く。
ナシェルは熱い吐息を首筋に受けて心躍らせ、夢うつつにそれを聞いていた。
「暗黒界など、そなたの歩む王道のほんの些細な踏み台に過ぎぬのだ」
冥王はナシェルの腕をとらえ、白い肌を舐め上げながら続ける。
「そなたにはもっとたくさんの、もっと大きなものをあげる。それは余にしかあげられぬものだし、それを受け取れるのはそなただけなのだ。“死の影の王”」
「大きな、もの…………?」
ナシェルはぼんやりと問い返した。
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