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永久とも紛うような苦しみの時間は過ぎ去り、次に気がついたときには父神の気配は何処かへ消えていた。ナシェルはいつしかひとり寝具にくるまって、寝入っていたようだ。
彼は室内に父の姿がないことを確かめ、ほっと息をついて高い寝台の上に、疲れ果てた体を起こした。
つらくてきつくて、あれだけ流した涙は頬の上でとうの昔に乾いており、睫毛がごわつく感じだけが残っている。
腰から下の感覚もない。
視線の先に姿見があった。
うすぼんやりとした表情をしたものが、こちらを、翳りのある蒼い瞳で見つめている。髪はぐしゃぐしゃに乱れていた。
どんよりと虚ろな表情をしたそれが、自分だと気づくまでに、たっぷり数十秒かかった。
ナシェルは意識が冴えてくるまでしばらく、寝台の上から、姿見の向こうの疲れた自分の顔を凝視していた。
近ごろ、昨夜のような辛い伽が続いている。
あの幻獣界での一件以来、王はナシェルを再調教するかのように手ひどく抱く。何か口に出して咎めてくれた方が、よほどすっきりするのに――。
多くを語らぬ父王の、秀麗な口元が却って不気味だった。優しさを繕う父が閨の中でだけ仕置きのようにぶつける、無言の怒りや狂おしい独占欲が恐ろしかった。
ナシェルは鏡を眺めていてふと気付いた。
鏡の向こうの自分の乱れた髪の合間に、きらりと光る宝石のような耀きがある。
ナシェルはおそるおそる己の髪に手をやった。こめかみの上に指を這わせると、己の黒髪を彩っていたものに辿りつく。
外して手にとってみると、それは蝶をかたどった瑠璃石の飾りのついた、長い金属のピンだった。
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