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死者の沈黙、生者の喧騒
「……ここが、錬金術都市……」
魔術都市から、乗り合い馬車で十日あまり。
舗装された広い道を行き交う人々、そして大型の馬車。露天に陳列された、多種多様な品々。
物珍しいそれらに瞳を輝かせるリンクスは普段の強かで世慣れた様子が鳴りを潜め、年相応の少女に見えて、それがアゾットには微笑ましく感じられた。
「錬金術都市は交通の要所でもあるからな。南からの農産物、北からの海産物に魔術都市、科学都市からの品も入ってくる。……つまり、ここは『錬金術都市』であると同時に、巨大な市場でもあるんだ」
「なるほどね。けど、それにしては……」
難しい顔で首を捻るリンクス。
「それにしては?」
「……アタシの気のせいかもしれないが、えらく静かだと思ってさ。魔術都市に比べると、『声』が少ないんだ」
「……『死者の』声が、か?」
声を低めてアゾットが問い返すと、リンクスは小さく頷いた。
「……歴史の長さが違うからかもしれないね。魔術都市はここよりずっと古い都市だから、積もった霊の数が多いのかもしれない。ま、推測だけどね」
「……なるほど」
とはいえ、錬金術都市も二百年近い歴史がある都市だ。つまり、リンクスの説が正しいとすると、魔術都市にはそれ以前の死者の声が今なお遺っていることになる。
──死してなお、現世に縛られるほどの執着。それはきっと、生半可な想いではなかったのだろう。
「……彼らは、死んだ後もずっと苦しんでいるのか?」
「そういう連中が多いのはたしかだね、だけど全部が全部そうってわけでもないよ。……アンタの旦那さんみたいに、誰かが気掛かりで遺ってる魂は大抵その誰かが死んだら一緒に消えるし、モノに憑いてる連中も同じようなものだね。場所に憑いてる奴らはいろんなタイプがいるけど、そいつらだって必ずしも苦しんでるわけじゃない」
「……そういうものか」
それが混じりけなしの事実なのか、それとも自分を気遣っての台詞なのかは、アゾットには判りかねた。
「……まずは、科学都市に入る許可の申請方法を調べるところからだな。とりあえず、私が何度か取引したことのある科学都市との交易商人をあたってみよう」
「そっちは任せるよ。アタシはもうちょっと露天を見て回ってもいいかい?」
勿論、とアゾットは微笑んだ。
「待ち合わせはどうする?どれくらい時間がかかるかわからないが……」
「馬車から降りた辺りにあった店はどうだい?折角来たんだから錬金術都市風の菓子を食べてみたいし、テラス席もあったからアンタが来たらすぐにわかるだろう?」
「そうだな。それで構わない、旅の疲れもあるだろうしゆっくり寛いでいてくれ。この季節ならアジデの実が旬だな、生で食べるのももちろんいいし、焼き菓子も悪くない。魔術都市では見なかったし気が向いたら食べてみるといい」
「アジデの実か、本でしか見たことがないんだ。楽しみだね」
瞳を輝かせるリンクスにアゾットはご期待に沿えるといいがと笑ってから、視線を立ち並ぶ露天に向けた。
「では、また後で」
「ああ。いい報告を期待してるよ」
リンクスは踵を返して露天の立ち並ぶ通りに向かうアゾットの背を眺めながら、……これから味わうアジデの果実に思いを馳せたのだった。
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