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「しかし、本当に静かだね……」
リンクスは、アジデの実の包み揚げをつまみながら独りごちた。テラス席は大通りに面しており雑踏の喧騒は届いていたが、物心つく前から死者の囁きを聞きながら育ったリンクスにとっては、生者の声だけがやたらと響く錬金術都市は逆に落ち着かない場所だった。
「あとで闇市場でも案内してもらうかな」
死者を現世に留める楔。未練を残したヒト、場所、モノ。人の闇が蟠る場所には、自然とそれらも集まるものだった。
「さて……」
リンクスが追加の香草茶と焼き菓子を頼もうと呼び鈴に手を伸ばしたちょうどそのとき。
「……っと。間が良いんだか悪いんだか」
大通りの向こうから、もはや聞きなれた『声』が微かに聞こえてきた。『声』の方向に目を遣ると、遠くになにやら大きな包みを抱えたアゾットが見えた。
「あの声も、随分と穏やかになったもんだ」
初めてリンクスがアゾットに会ったとき、傍らで聞こえたのはアゾットへの助けを求める悲痛な叫びと、アゾットを助けることのできない自分に対する絶望の嘆きだった。──今はそのどちらも殆ど残っておらず、いずれ訪れる別れに寂しさを残しながらも、前を向き、未来へと歩みはじめたアゾットを優しく見守る温かい声が聞こえていた。
「アゾット!」
リンクスが立ち上がって手を振ると、アゾットもリンクスに気付いたらしく、荷物を抱え直して手を振り返してきた。リンクスは会計を済ませてくる、と仕草で伝えて──
「お会計、……と、焼菓子を二つ、包んでもらえるかい?」
──ちゃっかりと、食べ損ねた焼菓子を手に入れたのだった。
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