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「どうだい、科学都市に入る方法は見つかったかい?」
「ああ。馴染みの商人が、科学者向けの品を安く卸すことを条件に私達を隊商の一員として登録してもらえるよう計らってくれてね。科学都市への販売実績がこんなところで役に立つとはな……とはいえ、科学者向けの品は魔術都市へ発つときに全て売り払ってしまったから、暫くはここに留まって商品になるものを作らなければならないが」
「ふうん、よかったじゃないか。ま、アタシはのんびり錬金術都市を観光させてもらうさ。……錬金術都市には研究の役に立ちそうなモノはなかったんだろう?」
「残念ながら、な。まあ、錬金術都市にはアジデの実以外にも魔術都市にはないものが沢山あるから暫くは飽きることもないだろう」
リンクスの手にある包みに視線を遣って、アゾットは悪戯っぽく微笑んだ。
「それは楽しみだね。……じゃ、これから本業で忙しくなるアンタに、アタシからの差し入れだ。まさかアタシに自分の嫌いなモノを勧めたわけじゃないだろう?」
取り出された焼菓子は二つ。リンクスは、その片方をアゾットに差し出した。
「……とはいえ、アンタだけを働かせるってのは『フェア』じゃないね。ま、身の回りの世話くらいは任せてくれて構わないさ」
「ありがとう、助かるよ。……どのみち、しばらく家を空けていたから掃除の類いは必要だろうからな。私は研究室と作業部屋を担当する、君は当座の部屋になる客室と、そうだな……キッチンのほうを担当してもらえると助かる」
「ああ、どうせ食事はアタシの担当になるんだろうから、気合いをいれてやらせてもらうよ」
魔術都市にいる間も、料理を担当していたのはリンクスだった。アゾットは一般的な基準で言えば料理が上手い部類に入ったが、リンクスに言わせるとアゾットの料理は『お上品すぎて舌に合わない』らしい。アゾットは、燻製肉を骨ごと徹底的に煮込んだ野性的な魔術都市の料理と野菜やハーブを組み合わせてバランスよく味と栄養をまとめた錬金術都市の料理を、魔力を増幅させる料理に整える料理と評した。──リンクスは、料理にも理屈を持ち込むのはいかにも錬金術師だね、と笑ったが。
「魔術都市で売っていたような塊肉は錬金術都市ではあまり見かけなかったが……まあ、市場を探せば売っているところもあるだろう」
「そうだね、それも悪くはないけど……どうせなら魔術都市にはないモノを食べてみたいね。魚とかさ」
「魚か、悪くないな。目が濁っていないものが新鮮だ、選ぶときの目安にするといい」
魚介類はアゾットの好物であり、貝をふんだんに使ったシチューは得意料理のひとつだった。
「気晴らしと運動を兼ねて、買い出しには私も同行しよう。そのときに、値段の相場も学んでおくといい」
観光客と思われて吹っ掛けられないようにな、と笑うアゾットにリンクスは、それはありがたいね、と苦笑を返したのだった。
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