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ぼくは女が好きだ。でも同時に嫌いでもある。
それは一種の恐怖なのかもしれない。ぼくの青春は女との接点なんてほとんどなかった。頭がいいだけで運動音痴の根暗男だったせいだ。共学という名の男子校に通っていたも同然だ。いや、それすらも疑問かもしれない。ぼくには友達と呼べる人間すら、わざわざ数えるほどもいなかった。
そんなぼくは今、見知らぬ女の首根っこを掴んでその小さな頭の裏側を居酒屋の床に叩き付けたところであった。
ぼくは女が好きだ。それは憧れでもある。
ジェットコースターのレールが如く乱高下を繰り返し湾曲した性格のおかげでぼくの、憧れの『女』という生物への愛情表現はいつも間違った。今もそうである。
女は三秒ほど目を見開いて硬直していたが、何が可笑しかったのか直ちにケタケタと笑い始めた。
「もう、やめてくださいよ、痛いじゃないですか」
女は相当に酔っているようだ。呼気からは日本酒の臭いが漏れ出ている。そんなぼくも何故この女を引き倒したのか全く覚えていない。ぼくも相当に酔っているのだ。
同じ卓を囲んでいた友人が慌てて女を引っ張り上げる。女は相変わらずケタケタ笑いながら店主に、うるさくしてごめんなさいね、と断りを入れた。
なんなんだこいつは、馬鹿なのか?
「おいそこの馬鹿、もうこの店来られなくなるからあまり暴れるな。こっち来て座っとけ。蜜ちゃんにも謝れ」
呆然と立ち尽くしていたぼくは馬鹿と呼ばれ漸くハッと正気に返った。馬鹿なのはぼくのほうだったらしい。
気のない返事をして後頭部を摩る女の斜め前の席に腰掛ける。女は泣いてもいないし怒っている様子もない。ただ、ケタケタ笑ってお猪口に口をつけた。
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