馬鹿は死なねば治らない

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 女は蜜という名前らしい。偽名だと思う。ひとりでふらふらと歩いていたところをぼくの友人が飲みに誘うとのこのこついてきた馬鹿女だ。  顔は悪くない、美人だ。アーモンド型の目はほんの少しだけつり上がって猫みたいに見える。ぼくは女の化粧のことはほとんど知らないが、それほど濃くないと思うし、あの、目が死んだようになるカラーコンタクトをこの女は装備していない。ぼくはあれが嫌いだ。まだ幼さが残る、やたら造形の良い顔の横で黒くて艶々した髪がさらさらと動いている。スタイルもいい。指なんて細くて長い。ピアノが上手く弾けそうだ。だがそれを台無しにする馬鹿丸出しの笑い声。もっと上品に笑えば嫁の貰い手のひとつもあっただろうに。  それに煙草も吸っている。ぼくは煙草が嫌いだ。それにハイライトなんておっさんみたいな銘柄だ。ハイライトを吸っていい女は椎名林檎だけだ、とぼくは思った。  しかしぼくは今しがた確かに女性の頭蓋骨を粉砕しかけたのだ。それについては謝罪すべきだろうと、ぼくは彼女の方を向き直った。 「おいブス」  ああ、ぼくはなんて捻くれ者なんだ。0.3秒前は謝ろうと思っていたんだ。嘘じゃない。  ブスと呼ばれた女はそれが自分の呼称だと知っていたように、トロトロに潤んだ目でぼくを見て、ニタァと笑った。 「はい、ブスでぇす」  ぼくは女が好きだ。でも同時に嫌いでもある。  今ぼくの目の前にいるこの馬鹿女は、ぼくが生きてきた23年間で最も嫌いだ。  ぼくは女の顔面に唾を吐いた。女はまた、ケタケタ笑った。 その後ぼくは無事泥酔し、夜の繁華街を闊歩したらしい。気が付けばブスはいなくなっていたし、周りは野郎ばかり。全く覚えていないのだが誰かに殴られたりもしたらしい。そして何とか自宅まで辿り着き、酩酊したまま泥のように眠ったというわけだ。後々聞いた話によるとブスは終電に乗って彼氏の家に帰ったらしく、 『最後までいられなくてごめんね、危ないことしちゃだめだよ』  というメッセージを受信していた。いつSNSのIDを交換したのだろう。さっぱりわからん。  あいつ彼氏いたんだな。あんなに馬鹿なのに。  ぼくはブスのことを少しだけ思い出して、すぐ便所に駆け込んでゲロを吐いた。
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