多田

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 夏が過ぎ秋になり、冬の足音が近付いてきた頃、木枯らしに肩を竦めながら街を歩いていると、サイケデリックな格好をした兄ちゃんに声を掛けられた。美容師をしていてカットモデルを探しているのだという。春から切っていない伸び放題の俺の髪は最適とやらで、無料だというので了承してしまった。  サイケデリック兄ちゃんの力作だという髪型は良いのか悪いのか分からないが、さっぱりしたので不満はない。 「カラーもしてみる? 夢が叶う色ってのがあるんだけどさ」  校則は緩いので、突拍子もない色でなければ問題はない。多少派手な色でも、成績が上位で生活態度も悪くない俺ならば注意は受けないだろう。なにより、夢が叶う色、というのに惹かれてしまい、サイケデリック兄ちゃんの提案に頷いてしまった。  日増しに影山への想いは募っていっていた。席替えで影山よりも前の席になってしまい授業中に姿を眺められなくなったこともあってか、誰の目にも触れさせたくないと狂気じみたことを考えるようになっていた。  仔猫の父は自分だと告げていないので、影山にとって俺は興味のないクラスメイトの一人にすぎない。仔猫の父だと告げれば、興味のないクラスメイトの一人ではなくなるのかもしれない。だが、告げても興味のないクラスメイトの一人のままなのかもしれないと考えると、怖くて告げることは出来ないでいた。  影山のあの硝子玉のような瞳に、意思を持って映り込みたい――。本当に夢が叶うのか分からないが、微かな望みをかけてみたいと思ったのだ。 「うん。似合うよ」  鏡の中の俺を見つめ、サイケデリック兄ちゃんが破顔する。 「明日学校に行って、駄目だって言われたら染め直してあげるから来てね」  明日は金曜だし、もし注意されても、金、土、日のうちどれかに来ればいいのならば気が楽だ。  夢が叶うハニーブラウンの髪を木枯らしで揺らし、帰路についた。
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