序章:「ボイジャー3号」計画、志願者面接 【2811年】

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 遙か大昔のこと。かつて人類は、太陽系外の彼方へ向けて、合計四つの「贈り物」を放ったことがある。漂流物の名は、パイオニア10号・11号と、ボイジャー1号・2号。西暦1970年代に実行された、木星、土星などを中心とする外惑星観測に際し、送り出された無人探査船である。  目標地点へ到達して調査を終えた後、そのまま太陽系外へと脱出して外宇宙を彷徨うことになっていた、これら4つの人工物には全て、予め「ゴールデンレコード」と呼ばれる金属板が積まれていたのだという。そこには、遙か彼方に存在するかもしれない、まだ見ぬ知的生命体に宛てた友好の印として、いつか彼らに拾われることを想定したメッセージが刻まれている。  その具体的な内容としては、例えば探査機が打ち上げられた時刻と座標を、拾った相手が計算で求めるために必要となる、銀河中心とそこから伸びる十四本のパルサー周期であったり、あるいは、振動を物理的な凹凸で記録した、地球上のあらゆる言語における挨拶の言葉であったりと多岐にわたる。  ある者は、そのロマンある試みに目を輝かせつつ空想に華を咲かせ、またある者は、悪意ある知的生命体が地球の座標を特定し、植民地にすべく侵略に訪れるのではないかと恐れ慄いたそうだ。中には、人類の姿を表す意図で描かれた2人の男女が、裸体で性器をむき出しにした状態であったことから、「破廉恥である」──イメージツールの注釈によれば、当時の言葉で「恥じらいのない」、「公序良俗の精神に欠ける」、といった趣旨の意味のようだ──という抗議の申し立てすらあったというのだから呆れたものである。  いずれにせよ、昔の人間は随分と脳天気で、ユーモアに富んだ遊び心の持ち主であったことは確かだろう。  想像の中にいる彼らの顔を見返して、私は不敵にニヤリとする。  ──当時の彼らがこの計画を知ったとしたら、一体何と言うのかな。  きっと彼らでさえ、思いもよるまい。  二度と帰ることのない永遠の漂流物に、まさか人間を乗せようなどとは。  ボイジャー3号計画。  それは、もはや宇宙船などではなく、「空飛ぶ棺桶」とでも呼ぶべきだろう。  1977年の打ち上げからおよそ850年、ボイジャー1号に続く、宛名の無い五番目の「贈り物」の中身とは、生きた人間だった。  打ち上げは2年後、西暦2813年、10月。太陽に背を向けて、母なる星を遠ざかる棺桶は、立て続けに行われた重力スイングによる加速を得て速度を増してゆくだろう。約半年を少し過ぎた頃には火星へ、そのさらに約1年後には、木星への最接近を経て、ついには打ち上げから約三年後の2816年、12月頃に土星へと至る。もし天気が良ければ、その日地球からは、水星、金星、火星、木星、土星の5つが一同に介す、贅沢な光景が夜空に刻まれることとなる。あるいはその華々しい集いの傍らに、不吉な黒い棺桶が横切る姿を探そうとする物好きも、中には居るのかもしれない。  やがて、打ち上げから30年の時が過ぎ、人々がその存在を忘れかけた頃、孤独な空飛ぶ棺桶は、秒速およそ16.7キロメートルのスピードで太陽の重力を振り切ると、ほどなくして消息を絶つ。  その後、二度と戻ることはない。
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