序章:「ボイジャー3号」計画、志願者面接 【2811年】

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 宇宙船には、一人の人間が生きてゆくのに十分な食料と、その生活を送るに十分な電力を供給し続けるに足る発電機、燃料が備蓄されている。また、備え付けられたコールドスリープ装置は、任意に利用ができるという。例えば数百年おきに目覚め、人間の寿命では到底成し得ないような、宇宙スケールでの世界の変遷を目の当たりにするのも、そもそも打ち上げの日から静かに天寿を全うするのも自由である。いっそコールドスリープから永遠に目覚めることすらなく、半永久的に肉体を保存するというのもまた、選択肢の一つだろう。いずれにせよ、その狭い一室の中で、搭乗者はその生涯を終えるのだ。  加えて、船内のデータベースには、人類がこれまで生み出してきた著作、映像、楽曲などといった、あらゆる創作物の数々が電子化された状態で納められているらしい。しかも、それは単に娯楽だけではない。例えば物理学、数学といった学術的知識体系の記録や、哲学、思想に関する記録、ひいては産業的、工学的な分野における特許技術の記録まで存在するのである。いっそ自棄でも起こしたのかと疑ってしまうほどに、彼らはおよそ人類史において見出された全ての知見、発見の数々を、これでもかとばかりに「贈り物」として詰め込むつもりでいるようだ。  ちなみに、これらとされることになる人間は、その全てを自由に閲覧することが許可されていた。だから、きっとこれは私が退屈しないようにという、気の利いたサービスのつもりで用意されたのだろう。そもそもこの記録媒体が途方も無い時間を経てなお劣化せず、かつそれを拾った知的生命体──この際、そもそも拾うことになる相手が存在するのかどうかという疑問にはもはや触れるまい──が、正しく情報を引き出してくれるかについては、甚だ疑問であるからだ。  それにしても、人類史の保存などという大層な大義名分の下に、随分な悪ふざけが許されたものだ。少なくとも、今頃このデータベースを構築する作業を担っている連中は、どうやらよほど暇らしい。どうせそれも、人間ではなくAIがやっているに違いないのだが。  「さて、そういえば先ほどの質問なのですが」  およそ一通りの説明の後、眼鏡の男がこちらを伺う。  先ほどの質問。  確か、私が思う終末のイメージについての質問だったろうか。私は眺めていた書類の束から顔を上げた。  「お恥ずかしながら、完全に私的な興味に基づく質問でして、あまりこの計画には関係ありません。それどころか、志願者面接という体でお呼び致しましたが、実はこちらから伺うべきことは、それほど無いのです」  それは例えば、場を温めるための冗談のような位置づけだったのかもしれない。私はただぼんやりと相手を見返して、そうですか、と頷いた。心底どうでも良い。私の答えは依然として変わらない。そんなことは、端から特に気にしてもいない。私は再び書類に目を落とした。  面接であるにも関わらず、彼らが私に聞くことは、そもそもあまり無いという。  予想はついた。何故なら、それを狙ってわざわざ募集に応じたのだから。  「失礼。僭越ながら、あなたのことはこちらで事前に調べさせて頂いています。正直、驚きましたよ。まさか第1世代、それも人格の混在無しでの純継承となると、もはや世界でも数えるほどしか例が無いと言って良いでしょう。「転生」手続き回数は11回、まさに人類史の生き証人だ。あなたこそ、ボイジャー三号の搭乗者に相応しい」  つまり、そういうことだった。  それにしても、「人類史の生き証人」とはまた随分と大層な二つ名だ。
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