序章:「ボイジャー3号」計画、志願者面接 【2811年】

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 「他に、志願者は?」  念のため、確認しておく。個人的には、この手の企画に名乗りを上げるタイプの人間は、案外多いものと思っているが、どうだろうか。  「若干名は。ですが、こちらとしては既に内定済みと言ってもいい状態です」  もちろん、あなたの承諾を頂いてからの話ではありますが。  そう言って、肩をすくめてこちらを見やる。隣の白髪の男は、先ほどから何も言わないまま、我関せずといった体で座っていた。どうやら答える気は無いらしい。おおよそ、「選考の結果、落選した」で通す気なのだろう。  「私としては、何も問題ありません。謹んでお受け致します」  是非も無い。もとよりそのつもりで応募したのだから。私は差し出された書面に、次々とサインしてゆく。白髪の男は、結局一言も声を発しないまま、私から受け取った書類を束ねて部屋を去って行った。  「先ほどの──」  眼鏡の彼が声を掛けた。顔を上げると、やや緊張した面持ちでこちらを見つめている。  思わず顔をしかめたくなった。そこには、いわゆるへの尊敬だとか、畏敬の念だとかいったものが、少なからず込められているように思えた。やめてくれよと、そう思った。長く生きてきた訳じゃない。私はただ、長くだけなんだ。頼むからそんな目で、私を見ないで欲しかった。  「先ほどの質問なのですが、「人間」は残っていないとは、具体的にどういった意味合いなのでしょうか?」  「言った通りの意味だよ。ヒトという動物そのものは残せても、人間の尊厳は残せない。残されたヒトの頭の中に、もう「人間」は居ない」  およそ七百年ばかりの人生において、人間の営みは随分と変わったと思う。だが、人間の本質については、何一つとして変わってはいない。どれほど月日を経たとしても、人間の性は悪であり、なおかつヒトとは、怠惰な動物であった。その性質が不変である以上、その未来は、決して明るくは無いはずだった。  「あなたは、人間が嫌いですか。あるいは、あなたにとってこの世界は、もう価値がありませんか?」  「いいや、別にそんな事は無いさ」  いきなり、どうしてそんなことを?  そう聞くと、神妙な顔でしばらく考えた後、彼は再び口を開いた。  「自分は、一周目(オリジナル)です。「前世」も、一切設定されていませんでした」  「そうなのか。……珍しいね」  驚いた。私のような長期記憶保持者もそうだが、逆に彼のように完全なとして生まれた人間についても、現代においては希少とされるのではないか。  「だからというか、その、あなたのような人の持つ考え方に、一度触れてみたいと思ったんです」  「長く生きたところで、大して変わりなんてしない。少なくとも、君に影響を与えられるほど大それた何かは、私には無いよ。期待外れだな」  「……単純に、疑問だったんです。長きに渡ってこの世界を見つめ続けて来られたあなたが、なぜこのような無意味な死に方を選ぼうと思ったのか」  私は苦笑する。無意味な死、か。それも、その「無意味な死に方」をしたいという人間に、募集を掛けた側の人間が発した言葉というのだからなお可笑しい。  「それは、この面接と関係があるのかな」  「いえ、それは……」  彼もそう思ったのだろう、ばつが悪そうに口をつぐむ。その仕草を見て、私は不意に、どこか懐かしさを覚えた。それはおそらく、自分がまだ「先生」と呼ばれていた頃の記憶のせいだろう。既に帰り支度を終え、ドアに向かいながらも、気付けば私は、既に口を開いてしまっていた。  「ちゃんと死にたいんだよ」  「えっ?」  彼には、素直に白状することにした。私は彼に向き直り、悠然と微笑んでみせる。  彼に対して。  またはその瞳に映り、私を見つめ返す、私の姿をした像の一つに向けて。  「ちゃんと生きて、ちゃんと死にたいんだ。だからそのために、私はどこまでも利己的(セルフィッシュ)でいようと思う」  私は今度こそ彼に背を向けると、ドアを開けて帰路に就いた。  彼はぽかんとした顔で、懸命に私の発言を咀嚼しているようだった。無理も無い、私は静かに頷く。  ──これは私の、いや、これまでの全ての「私」による、私への宣言であり、そしてどこまでも理不尽で、どこまでも利己的な、慈悲無き宣告なのだ。  他でもない。私は、「私」による私に向けたこの台詞の意味を、良く「憶えて」いる。
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