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「『珈琲を飲みに行こう』だなんて変な店名ですね」
店内を見回しながら私がそう言うと、彼は苦笑した。
なにかおかしな事を言っただろうか、と首を傾げると、いやそう思うのが普通なのかもな、と彼は言った。
「『a coffee break』、『珈琲を飲みに行こう』という意味のこれは、実は一つの名詞なんだよ。だから店名にするにはなんにもおかしくない単語なんだ」
そう語るその口調は教壇に立つ時と同じものだった。一見学生に見えるこの男も、一応はそこそこの歴のある教師なのだと思い知らされる。
「日本人がお茶をしよう、と言葉を使うのと同じような感覚さ。英語圏の国の人達はコーヒー好きが多いからね。『珈琲を飲んで休憩しよう』という事さ。そこから来ているのか、コーヒーの花言葉も『一緒に休みましょう』という意味になるんだ」
「やけに詳しいですね、珈琲について」
「好きなものの事は、色々知りたいと思うのが人だろ?」
言いながら、彼が自身のカップに手を伸ばす。いつもは白いチョークを持つその長い指に支えられながら白いカップが傾けられる。中身の熱いコーヒーを彼の口の中へ注ぎこまれる。
小さく動く彼の喉仏に、思わず目が向いた。
じっくりと目に焼きつけるように私はそれをじっと見つめる。「そうですね」と私は彼に言葉を返した。
「だろう? ちなみに、」
彼が私の目の前にあるアイス珈琲を指さす。
「さらに豆知識を述べると、君が今飲んでいるそのアイス珈琲。それは、日本発の飲み物で、実は海外で通じるようになったのは、ここ十年の話だったりする。知ってた?」
「いいえ」
首を横に振る。すると、してやったりと言う風に彼がにんまりと笑った。
その顔は、教師としてのものと言うより、自分の好きなこと無邪気に語る子供の様に、私の目には映った。
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