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以来、私と早見先生は喫茶店で顔を合せるようになった。
大体は私の方が先に店に来て、その後、しばらくしてから彼がやってきた。店内唯一の明るい席で勉強をしている私を見つけると、当たり前のように私の前に座って珈琲を注文する。そうして珈琲がくると、持っていた鞄から文庫本を取り出し、何を話すでもなく読書を始める。
本を読むだけなら、別に私の前に座らなくてもよいのではなかろうか。実際、一度そう本人に尋ねてみたが、返ってきたのは「ここが一番明るいから」という、なんとも言葉に窮する答えだった。
それはまぁ、確かに……。薄暗いところより明るいところの方が本は読みやすいだろう。そう簡単に、厄介払いをする事は叶わないようだ。
また、時々思い出したかのように、早見先生は私のノートを覗き込んできた。
そうして、私の書き込みに問題を見つけると、「あぁ、そこ違う違う」と、途端頼んでもいないのに教師らしい事をし始めた。
「その文章、『私は彼女の提案に反対する』は、一見すると『oppose《反対する》』が自動詞に見えるけど、本当は他動詞なんだ。だから、前置詞はいらない。『oppose the her proposal』じゃなくって、正しくは『oppose her proposal』なんだよ」
シャツの胸ポケットから赤ペンを取り出して、早見先生が勝手にノートに答えを書き込んだ。まるで正しい道を示すかのように。
というか、なんでそんなとこに赤ペンなんて入れてんだ、アンタは。
ちなみに、この喫茶店のおかしな店名についても、彼の講釈によって正しい意味を私は知った。『a coffee break』。一見すると一つの文章に見える文面だが、しかし実はこれで一つの名詞なのだという。
とどのつまり、おかしかったのは店名の方ではなく、知識がなかった私の方だったらしい。
「僕は教師だからね。子供の間違いは、無視できないんだ」
邪険そうな眼差しを向けてくる生徒にむかって、ニコニコと早見先生は笑い続ける。相変わらず薄っぺらい笑みだ。
だが学校で見るものと比べると、どこか少しだけ意地の悪さが含まれている気がした。
「でも、これじゃあフェアじゃありません」
「フェア?」
「だって、普通はこんな風に教師から教えて貰えないでしょう。プライベートまで学校の教師に見て貰う生徒なんて、聞いた事がありませんよ」
「なるほど、それは一理あるな」
早見先生が考え込むように顎をさすった。
一理どころか、百%そういうものなんですよ、とは言わずに黙って彼の様子を見守る。
このまま上手い事、私に関わらない方向へ話を持っていけないだろうか。そう思うも、よい策は思い浮かばない。
「じゃあ、こうしよう」
「はい?」
ふいに、早見先生が言葉を続けた。
「『a coffee break?』 一緒に『休憩』しませんか? お嬢さん」
教師と生徒。その両方を。
これならいいだろ? ――早見先生が自身の珈琲が入ったカップを持ち上げた。
呆れて物が言えない。けど、面白い事を見つけた子供のように笑うそのさまは、なんだかいつもの笑みよりは嫌いじゃなかった。
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