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ふと、考える。――この関係は、はたしていつまで続くのだろう。
季節を2つ越え、私の手元の珈琲はアイスからホットになった。カップを握る手の先の腕を覆う袖は、短いものから長いものへ。小さな変化が、まるで間違い探しのように私と彼の間を彩る。
それでも、私達の関係だけは変わらない。私は彼の生徒で、彼は私の教師。そしてここでは、相席をするだけのお客。同じ席で珈琲をすすり、同じ時間を過ごすだけの間柄。
しかし、いつか終わりは来る。
私達が、教師と生徒である限り。
もし、私の方に『break』する生徒がなくなったら、そうしたら、その時、この関係はどうなるのだろう――、そう考えて、ハッと我に帰った。
何を馬鹿げた事を考えているのだろうか。
こんな抽象的なものの考え方、私らしくもない。こういうのは、どこぞのキザで格好つけな教師がすることだ。
「先生の方はどうなんです。どこかに出かけたりはしないのですか」
話題を変えようと思い、早見先生に話を振った。
「たとえば、以前話してくれたような外国とか」
「どうだろうね。休みとは言っても、僕らの休みじゃないからなぁ」
なるほど。言われてみればそうだ。
彼等教師が、私達学生並みに仕事を休んでいたら、生活に窮してしまう羽目になるだろう。大人って大変だな、と思わず、月並みな感想が私の中に浮かぶ。
「ま、仕方ないさ。なんせ、『仕事中』だからね」
早見先生がフッと目を伏せて言う。どこか諦めたように。
確かに、仕事なら仕方がない。
仕事をしないと生きてはいけない。それは当たり前の事だ。
夢も目標もなくても、私が大学に行かなければいけないように。
人はそうしないと生きていけない。
だけど――、
「……今は、『早見一郎』じゃなかったのですか」
「ブレイク中でしょう?」そう続けながら、カップを掲げる。
早見先生が、きょとんと目を瞬かせた。
それから、小さく噴き出す。
「こりゃ一本取られたな」
くつくつと、彼の顔に笑みが戻ってくる。
それでいい。この男は、そうやって笑っている方がお似合いだ。
胸中で頷きながら、私は手にしていたカップに口をつけ、珈琲を飲む。すると、そんな私をニコニコと眺めながら、早見先生が再び口を開いた。
「……昔、君に酷く似た子どもがいた」
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